すぎたに ぜんじゅうぼう
| 地域 | 東海・近畿 |
|---|---|
| 所属勢力・属性 | 甲賀衆・フリー |
| 大名家 | 甲賀衆 |
| 家紋 | 丸に三ツ星 |
| 主武器 | 火縄銃(二重からくり) |
| 衣装・甲冑 | 修験者衣裳 |
| 武将タイプ | 「信長を撃った男」・名射手 |
甲賀53家・杉谷氏の出身。狙撃の達人で、千草峠にて織田信長を二重からくり火縄銃で狙撃(数センチ外れる)。のち捕らえられ鋸挽きの刑。
鉄砲の名手
杉谷善住坊(すぎたに ぜんじゅぼう)は、戦国時代に活躍したと伝えられる鉄砲の名手である。当時、鉄砲は伝来してまもない新兵器であり、これを巧みに扱う者は特殊な技能者として重んじられた。善住坊は、その卓越した射撃の腕をもって知られ、傭兵的な立場で各地の勢力と関わりを持ったと伝えられる。
織田信長への敵意
善住坊が名を残すことになったのは、天下統一を進める織田信長を狙撃したという事件によってである。信長の急速な勢力拡大は、各地に多くの敵を生んでいた。善住坊は、信長に敵対する勢力の意を受けてか、あるいは自らの信条から、天下人・信長の命を狙うという大胆きわまる企てに及んだ。
千草峠の狙撃
元亀年間、信長が近江の千草(ちぐさ)峠を通行した際、杉谷善住坊は待ち伏せて鉄砲で信長を狙撃したと伝えられる。放たれた弾丸は信長をかすめたものの、致命傷には至らず、狙撃は失敗に終わった。天下人を至近から狙ったこの大胆な行動は、当時の人々を大いに驚かせるものであった。
逃亡と捕縛
狙撃に失敗した善住坊は、その場を逃れて身を隠した。しかし、信長の執念深い探索の手からは逃れられず、数年の後についに捕らえられてしまう。天下人の命を狙った者として、善住坊を待っていたのは、想像を絶する過酷な運命であった。
処刑と伝承
捕らえられた杉谷善住坊は、信長の命によって残酷な方法で処刑されたと伝えられる。天下人を狙撃した男の壮絶な最期は、信長の苛烈さを象徴する逸話として語り継がれてきた。もっとも、その出自や狙撃の動機など、善住坊にまつわる話には不明な点も多く、史料に乏しい伝承的な色彩を帯びた人物でもある。
信長狙撃の伝説
天下人・織田信長を至近から狙撃したという杉谷善住坊の逸話は、後世に大きな衝撃をもって語り継がれた。史実としての詳細は判然としない部分も多いが、新兵器・鉄砲がもたらした暗殺の脅威と、それを退けた信長の強運を象徴する物語として、善住坊の名は戦国史に刻まれている。
























