尼子家– tax –

出雲の守護・京極氏の守護代だった家。尼子経久が月山富田城を拠点に主家から自立し、戦国大名へと成長した。孫の晴久の代には山陰・山陽の八か国の守護職を得て、中国地方で最大級の勢力となった。
1540年、晴久は毛利元就の吉田郡山城を攻めたが敗退する。1543年には逆に大内義隆の大軍に月山富田城を囲まれたが、これを退けた。しかし晴久の死後、毛利元就の攻勢を受け、1566年に義久が月山富田城を開いて降伏した。
その後も、山中幸盛(鹿介)らの旧臣が尼子勝久を擁して再興を目指し、織田信長の支援を受けて戦った。しかし1578年、播磨の上月城が毛利軍に落とされ、尼子再興の夢は絶たれた。

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