根来寺杉の坊算長 | 根来寺杉の坊の住持。鉄砲の量産化と僧兵の鉄砲武装を進め、根来衆を一大軍事勢力に育て上げた

根来寺杉の坊算長

ねごろじ すぎのぼう さんちょう

地域近畿
所属勢力・属性根来衆
大名家根来衆
家紋丸に三ツツキ
主武器鉄砲・数珠
衣装・甲冑高級僧衣
武将タイプ鉄砲量産・長老

根来寺杉の坊の住持。鉄砲の量産化と僧兵の鉄砲武装を進め、根来衆を一大軍事勢力に育て上げた。

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根来鉄砲を育てた・杉の坊算長

根来寺杉の坊算長(ねごろじ すぎのぼう さんちょう)は、紀伊国(現在の和歌山県)の一大宗教勢力・根来寺の有力な子院・杉の坊の住持です。鉄砲の量産化と僧兵の鉄砲武装を進め、根来衆を一大軍事勢力へと育て上げた人物として知られます。

根来寺と僧兵

根来寺は、多数の僧兵を抱える強大な宗教勢力でした。その武力は戦国大名も無視できないほどで、傭兵として各地の戦いに参加することもありました。杉の坊は、その根来寺のなかでも中核をなす子院です。

鉄砲の量産化

日本に伝来したばかりの鉄砲にいち早く着目した根来寺では、鉄砲の製造技術が発達しました。杉の坊算長は、この鉄砲の量産化を推し進め、根来を堺と並ぶ鉄砲の一大生産地へと発展させたと伝えられます。

僧兵の鉄砲武装

杉の坊算長は、根来寺の僧兵たちを鉄砲で武装させ、強力な鉄砲隊を組織しました。これによって根来衆は、鉄砲を主力とする一大軍事勢力となります。しかし、その強大な武力ゆえに、のちに豊臣秀吉の紀州攻めによって根来寺は焼き討ちにあいました。杉の坊算長の生涯は、鉄砲の量産と僧兵の武装によって根来衆を軍事勢力に育てた、その手腕を今に伝えています。

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