伊東家– tax –

日向を本拠とした家で、鎌倉時代に工藤祐経の子孫が下向したのが始まりとされる。伊東義祐の代に日向南部の飫肥をめぐって島津氏と争い、「伊東四十八城」と呼ばれる支配網を築いて最盛期を迎えた。
しかし1572年の木崎原の戦いで島津義弘の少数の軍に大敗し、多くの将を失う。1577年には島津氏の攻勢で日向を追われ、義祐は大友宗麟を頼った。のちに義祐の子祐兵が豊臣秀吉に仕え、九州平定後に飫肥を取り戻して、飫肥藩として明治まで続いた。

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