那須家– tax –
下野北部の那須地方を本拠とした家で、源平合戦の那須与一の子孫と伝えられる。戦国時代には宇都宮氏や佐竹氏、北条氏と争いながら勢力を保った。
那須家の周りには、大田原・大関・芦野・伊王野・千本・福原などの有力な家臣が並び、「那須七騎」と呼ばれた。1590年の小田原征伐に那須資晴が参陣しなかったため所領を没収されたが、大田原晴清ら七騎はいち早く豊臣秀吉のもとへ参じて所領を認められ、那須家ものちに小さな大名として再興した。
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関東
那須資房 | 上下に分かれた那須氏を100年ぶりに統一
那須資房(?〜1552)は下野の武将で、下那須家の当主。永正年間に惣領の上那須家が家督争いで絶えると、子の政資を上那須家の当主にすえ、およそ100年ぶりに那須氏を統一した。下野烏山城を本拠とした。 -
関東
那須資胤 | 下野烏山城主。周辺勢力と攻防を重ねた那須氏当主
那須資胤は下野烏山城主で、那須政資の子、資房の孫にあたる。天文20年(1551)に兄高資が殺されたため家督を継いだ。佐竹氏や会津の蘆名氏、白河結城氏などと攻防を繰り返し、家中では大関氏らとの対立にも直面した。 -
関東
那須資晴 | 那須資胤の子。佐竹氏との激戦を制するも、小田原征伐への参陣が遅れたため秀吉により改易された
なす すけはる 地域関東 所属勢力・属性下野那須氏 大名家下野那須氏 家紋丸に日の丸 主武器太刀・采配 衣装・甲冑塗具足 武将タイプ悲壮・小田原遅参 那須資胤の子。佐竹氏との激戦を制するも、小田原征伐への参陣が遅れたため秀吉により改易された。 那... -
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大田原資清 | 下野大田原城主。息子たちを大関・福原家に送りこみ、外孫を那須家当主に立てて実権を握った
おおたわら すけきよ 地域関東 所属勢力・属性下野那須・大田原氏 大名家下野那須 家紋朧月(表紋)・九曜(替紋) 主武器太刀・行政書状 得意分野息子たちを他家に送りこむ家の戦略衣装・甲冑重臣具足 武将タイプ下野の策士・基盤構築 下野大田原城主で那... -
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大関高増 | 下野黒羽城主。那須七騎の筆頭格として謀略と外交で家を広げ、小田原参陣で黒羽藩の基礎を築いた
おおぜき たかます 地域関東 所属勢力・属性下野那須・大関氏 大名家下野那須 家紋朧月・十六角の抱き柊(大関氏) 主武器不詳 得意分野謀略と外交衣装・甲冑重臣具足 武将タイプ「那須七党の雄」・謀略 下野黒羽城主。大田原家から大関家に入り、那須七騎... -
関東
鮎ヶ瀬実光 | 五月女坂の戦いで宇都宮尚綱を射止めたと伝わる弓の名手
鮎ヶ瀬実光は下野の那須七騎の一つ伊王野氏に仕えたと伝わる武士で、通称は弥五郎。天文18年(1549)の喜連川五月女坂の戦いで、宇都宮氏の当主・尚綱を矢で射止めたとされる。事績は主に那須方の軍記物に拠る。 -
関東
大田原晴清 | 大田原綱清の子。小田原征伐でいち早く秀吉に拝謁し、関ヶ原の戦いでは東軍として徳川秀忠軍を補佐。大田原藩初代藩主となった
おおたわら はるきよ 地域関東 所属勢力・属性下野大田原氏 大名家下野大田原氏 家紋丸に三ツ柏 主武器太刀・行政書状 衣装・甲冑黒塗具足 武将タイプ「大田原藩主」・処世 大田原綱清の子。小田原征伐でいち早く秀吉に拝謁し、関ヶ原の戦いでは東軍として... -
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大田原綱清 | 那須七騎の大田原城主、大田原藩祖晴清の父
おおたわら つなきよ 地域関東 所属勢力・属性那須氏家臣(那須七騎・上那須衆) 大名家大田原氏 家紋― 主武器槍 衣装・甲冑当世具足 武将タイプ国衆・城主 大田原綱清は、下野国那須地方の大田原城主である。那須氏の重臣「那須七騎」の一家、大田原氏の...
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