松平家– tax –

三河の松平郷から出た家で、のちの徳川家の母体。松平清康は20代で三河をほぼ統一したが、1535年、尾張へ出陣中に家臣の阿部正豊に斬られて亡くなった(守山崩れ)。
跡を継いだ子の広忠は若くして家督を継ぎ、織田・今川の二大勢力の間で苦しんだ末、今川氏の保護下に入った。広忠の子竹千代がのちの徳川家康である。松平の一族は家康のもとで多くが徳川家臣団の中核となった。

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