松永家– tax –

松永久秀を中心とする家。久秀は三好長慶の家宰として頭角を現し、大和を任されて多聞山城・信貴山城を築いた。
長慶の死後は三好三人衆と争い、1567年の東大寺の戦いの際には大仏殿が焼けている。のちに織田信長に従ったが二度にわたって背き、1577年、信貴山城で子の久通とともに自害した。主家の乗っ取り、将軍殺し、大仏殿焼き討ちの「三悪」で語られることが多いが、近年は再評価も進んでいる。

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