立花家– tax –

大友家の重臣・戸次鑑連(立花道雪)が筑前の立花山城を任され、立花の名跡を継いだことに始まる。道雪には男子がいなかったため、娘の誾千代に城督の地位を譲り、同じく大友家の重臣である高橋紹運の子・統虎(のちの宗茂)を婿養子に迎えた。
宗茂は島津軍の北上を立花山城で食い止め、豊臣秀吉から筑後柳川13万石の大名に取り立てられた。関ヶ原の戦いでは西軍について改易されたが、のちに徳川家に召し出され、1620年に旧領の柳川へ返り咲いた。改易された大名がもとの領地に戻った、きわめて珍しい例である。

1