中村家– tax –
近江の出身とされる中村一氏が羽柴秀吉に仕えて身を立てた家。一氏は小牧・長久手の戦いのころから岸和田城を守り、紀州の雑賀・根来勢の抑えを務めた。のちに駿河府中14万石を与えられ、豊臣政権の三中老の一人とされる。
関ヶ原の戦いの直前に一氏は病没し、子の一忠が東軍につき、伯耆米子17万石に移った。しかし一忠は若くして亡くなり、跡継ぎがいなかったため、1609年に中村家は断絶した。
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東海
中村一忠 | 中村一氏の子。米子藩17万石の初代藩主となるが、執政の横田村詮を殺害する騒動(米子騒動)を起こし若死
なかむら かずただ 地域東海・中国 所属勢力・属性中村氏 大名家中村氏 家紋丸に抱き茗荷 主武器太刀 衣装・甲冑華美具足 武将タイプ豪快・薄命 中村一氏の子。米子藩17万石の初代藩主となるが、執政の横田村詮を殺害する騒動(米子騒動)を起こし若死。 ... -
中国
横田村詮 | 米子城主中村一忠の家老、米子の町の基礎を築く
よこた むらあき 地域伯耆国(鳥取県) 所属勢力・属性中村氏家老(もと三好氏家臣) 大名家中村家 家紋― 主武器― 衣装・甲冑安土桃山期の具足 武将タイプ内政・家老 横田村詮は、伯耆米子城主中村一忠の家老を務めた安土桃山時代の武将である。米子の城下... -
近畿
矢野正倫 | 大坂冬の陣・今福の戦いで討死した豊臣方の将
矢野正倫は伯耆米子藩主・中村一忠の重臣だった人物である。中村家の断絶後に大坂城に入り、慶長19年(1614年)の大坂冬の陣で今福の砦を飯田家貞とともに守ったが、佐竹義宣の軍に攻められて兵力の差の前に討死した。 -
東海
中村一氏 | 秀吉の古参の臣。岸和田城防衛や小田原征伐で軍功を挙げ駿府14万石の城主となる
なかむら かずうじ 地域東海 所属勢力・属性豊臣家臣 大名家豊臣 家紋丸に抱き茗荷 主武器大槍・太刀 衣装・甲冑漆黒具足 武将タイプ勇猛・奉行 中村一氏とはどのような武将か 中村一氏は、戦国末期から安土桃山時代にかけて活躍した武将であり、豊臣秀吉... -
東海
野一色助義 | 中村一氏の家老(8千石)
中村一氏の家老(8千石)。関ヶ原前日の杭瀬川の戦いで、島左近らの誘い出しにあって討死。大垣市赤坂の兜塚に葬られたと伝わる。
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