若狭武田家– tax –
甲斐武田氏の一族で、室町時代に若狭の守護となった家。後瀬山城を本拠とし、室町幕府との結びつきが強かった。
しかし戦国時代には家督争いや重臣の離反、隣国の朝倉氏の介入が続き、武田義統の代には実権を失っていた。子の武田元明は朝倉氏のもとに移され、のちに織田信長に従ったが、本能寺の変の後に明智光秀に味方したため、1582年に自害を命じられた。
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近畿
武田義統 | 若狭守護、若狭武田氏の当主
たけだ よしずみ 地域若狭(福井県西部) 所属勢力・属性若狭守護 大名家若狭武田氏 家紋― 主武器刀・弓 衣装・甲冑当世具足 武将タイプ守護大名型 武田義統は、戦国時代の若狭国の守護である。将軍足利義晴の娘を妻にむかえ、将軍家と深く結びついた。し... -
近畿
武田元光 | 後瀬山城を築き細川高国を支えた若狭守護
武田元光は若狭国の守護で、若狭武田氏の5代当主。小浜に後瀬山城を築いて本拠とした。管領細川高国を支えて京都へ出兵したが、1527年の桂川原の戦いで敗れた。度重なる出兵で領国は疲弊し、若狭の支配は不安定になった。 -
近畿
武田元明 | 若狭武田氏最後の当主。織田信長に若狭を奪われ、本能寺の変において明智光秀に味方して長浜城を攻撃したため秀吉に処刑された
たけだ もとあき 地域近畿・北陸 所属勢力・属性若狭武田氏 大名家若狭武田氏 家紋丸に武田菱 主武器太刀 衣装・甲冑華美具足 武将タイプ悲壮・滅亡 若狭武田氏最後の当主。織田信長に若狭を奪われ、本能寺の変において明智光秀に味方して長浜城を攻撃した... -
北陸
武田信孝 | 若狭武田一門の武将。家中分裂の中で主家存続を目指し、織田信長との交渉に当たった
たけだ のぶたか 地域北陸 所属勢力・属性若狭武田一門 大名家若狭武田一門 家紋丸に武田菱 主武器太刀 衣装・甲冑塗具足 武将タイプ一門・苦節 若狭武田一門の武将。家中分裂の中で主家存続を目指し、織田信長との交渉に当たった。 若狭武田氏 武田信孝(... -
北陸
逸見昌経 | 若狭武田氏の重臣、高浜城を築いた武将
へんみ まさつね 地域若狭国大飯郡(福井県高浜町) 所属勢力・属性若狭武田氏の重臣、のち織田信長に属す 大名家若狭武田氏、織田氏 家紋― 主武器刀 衣装・甲冑当世具足 武将タイプ独立心の強い国衆 逸見昌経は、若狭国の守護である武田氏の重臣で、大飯... -
北陸
粟屋勝久 | 若狭武田氏の重臣。国吉城で朝倉軍を退け続けた
粟屋勝久は若狭武田氏の重臣で、越中守を称した。三方郡の国吉城を拠点に、永禄6年(1563)から朝倉氏の侵攻を繰り返し退けた。元亀元年(1570)に織田信長に加わり、のちに丹羽長秀の下で三方郡を治めた。
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