島津家– tax –

鎌倉時代から薩摩・大隅・日向の守護を務めた名門。戦国時代の初めには一族の分家どうしが争って勢力が分裂していたが、分家の相州家から出た島津忠良(日新斎)と子の貴久が本家を継ぎ、薩摩の統一を進めた。
貴久の子、義久・義弘・歳久・家久の四兄弟の代に大隅・日向を制して「三州統一」を果たす。1578年の耳川の戦いで大友宗麟を、1584年の沖田畷の戦いで龍造寺隆信を破り、九州の大半を手中に収めかけた。しかし1587年、豊臣秀吉の九州平定軍に降伏する。
関ヶ原の戦いでは義弘が西軍に加わり、敗戦が決まった後に敵中を正面から突破して薩摩へ帰還した「島津の退き口」で知られる。戦後は粘り強い交渉で本領を守り抜き、薩摩藩として明治まで続いた。

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