上杉家– tax –
越後守護代・長尾氏の出身である長尾景虎(上杉謙信)が、1561年に関東管領上杉憲政から上杉の名跡と管領職を譲られて始まった戦国大名の上杉家。謙信は信濃の川中島で武田信玄と五度にわたって対陣し、たびたび関東へ出兵して北条氏とも争った。晩年には加賀の手取川で織田軍を破っている。
1578年に謙信が急死すると、養子の景勝と景虎が家督を争う御館の乱が起こり、景勝が勝利した。景勝は豊臣秀吉に臣従して五大老の一人となり、1598年には会津120万石へ移された。
秀吉の死後、家老の直江兼続が徳川家康の詰問に反論したとされる「直江状」をきっかけに会津征伐が起こり、関ヶ原の戦いの引き金となった。戦後は出羽米沢30万石に減封され、米沢藩として存続した。
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甲信越
甘粕景持 | 川中島の戦いにて武田軍の追撃に対し殿(しんがり)を見事に務め上げた上杉家名誉の猛将
あまかす かげもち 地域甲信越 所属勢力・属性上杉家臣 大名家上杉 家紋丸に三つ柏 主武器大槍 衣装・甲冑漆黒具足 武将タイプ勇猛・堅実 甘粕景持とは 甘粕景持は、越後を拠点として関東や信濃へ幾度も出兵した戦国大名の上杉謙信に仕えた武将で、主家が... -
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鰺坂長実 | 謙信に七尾城を任され、謙信没後に能登を追われた将
鰺坂長実は上杉謙信の家臣で、近江の出身とされる。越中新庄城主として一向一揆との戦いにあたり、天正5年(1577)の七尾城攻略後には同城の城将に置かれた。謙信の死後、遊佐氏・温井氏らに七尾城を追われた。 -
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新発田重家 | 上杉景勝に対して反旗を翻し新発田城に抗戦。7年間にわたり上杉軍を苦しめた猛将
しばた しげいえ 地域甲信越 所属勢力・属性国人・反上杉 大名家国人 家紋丸に三つ星 主武器大太刀 衣装・甲冑漆黒重厚具足 武将タイプ反骨・勇猛 揚北衆・新発田氏に生まれて 新発田重家は、越後北部の阿賀野川流域に勢力を張った国人領主の連合「揚北衆... -
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上杉謙信 | 「義」を貫き軍神と称された越後の龍
うえすぎ けんしん 地域甲信越 所属勢力・属性上杉氏 大名家上杉 家紋竹に雀 主武器太刀・軍配 衣装・甲冑白覆輪具足 武将タイプ軍神・義将 上杉謙信とは 上杉謙信(うえすぎ けんしん)は、越後国(現在の新潟県)を治め、卓越した軍才と「義」を重んじる...
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